痛い日記はまだまだ続くぞ。
相も変わらず、理系エンジニアでクールでドライ野郎の恋愛日記。
うーん、こう書くだけで笑えるなぁ(^^;)。
僕がなぜ、人と向き合えないのか。向き合えなかったのか。
人と向き合ってしまうと、自分と向き合わなければならないからではないか。
僕は凄い長い間、自分自身の否定、と言う命題と戦ってきたような気がする。
自分自身を見てしまうのが怖かったのだ。
…だから、他人と向き合えない。
自分のない人間が他人と対等に話ができるだろうか。
多分、そういうことだと思う。
結局、ろくな人付き合いも、ろくな恋愛も成立し難かったのだ。
本当に稀に、本当に良い付き合いもあるのだけど、
控えめに見ても良い恋愛はなかったな、と思う。
そういう反省がある。
少なくとも、今の彼女の前でそんなではいけないと思うようになった。
情けないところを見せたくない、と本気で思える機会は、
恐らく、今回を諦めたら、後はないだろう、と思う。
僕は今、自分自身と向き合うと言う難題に取り組んでいる。
会社を休んで一人考え事中。
2003/3/14 日記の続きです。
もっと以前、ここに同じようなことを書いたことがあって、
2001/7/16 と 2001/7/17
付けの日記。
本当、成長がないのだなぁ…。
その時も僕自身をよく考えよう、と思っていたのだけれど、
いつか、結局諦めてしまった。
当時、日記の相手は
恋人とかそういうのじゃなかったけれど、
僕のことを考えていてくれたのに、
それに対して何も応えることができませんでした。
人間が信用できてなかったからだと思う。
だから、今再びこの感情にさせている今の彼女が、
僕にとって僕が変われる最後のチャンスだと思っています。
嘗て、僕の前を通り過ぎていった人たち全てについて、
僕は得るばかりで、
彼女達に何もしてあげられなかったように思います。
だから、その償いを行うために、
僕は今また、修羅とならなければならないのだと思う。
最近、どうしてこう辛いのか、分かってきました。
恋愛と結婚を同時進行させているから辛いのですよ。
そういう意味では相当効率悪いことやっているな、とも思いますが(^^;)
恋愛については、 彼女が僕に信頼(ないしは期待)する程、
僕は最初から大人ではなかったと言うか。
なので、2人の関係、と言う難題と同時に、
向こうの親御様への信頼関係を築いていったり、
式までの手配を始めとする様々な面を決めていかなければならない。
これはそれなりプレッシャーだ。
でも、2人の関係、と言う意味では今日、少し自信が出てきた。
(随分と、情けないことなのだが)それは、彼女の決心を聞いたような日だったから。
31歳にもなって、ようやく僕は、僕が抱える
軽い人格障害(あっ!これ NG ワード!?)を指摘され、
なるほど、と思える所まで心から話をできたような気がする。
こんなに女の子と素で言い合ったことがあったろうかなぁ。
僕には、何処となく人間を諦めてしまっているところがある。
その理由は話せば長くなるのですが、結果的にそうなっている。
それを彼女は男尊女卑だ、と言ったのだけど、
それは人間全般でそうである、と言う事実において若干ニュアンスが違うにしろ、
人を人として真正面から話していない、と言う事を指摘される。
その通りだ。
こんなことを真正面から言ってくれる人、いるだろうか。
それを知り、なお結婚の前提は崩さない、と言うのだから、
これに勝る感謝なんてないよ。
僕の場合、若干屈折しているところもあります。
仕事で責任を持たされるとそうでもない。
本当に担当者と向き合って話しをしてきた、と思う。これは本当。
元部下に聞いてみれば良い、と言えるほど自信があるよ。
上司にはナマイキだったかも分からないけれど。
立場的な優越感がそうさせたのか、分からない。
いずれにせよ、その言葉を聞いて、
今まで多くの人を傷つけてしまった理由を知ると同時に、
彼女の決心を聞いたように理解しました。
こういうのを尻に敷かれるパターンとも言う(^^;)
まぁ、家庭さえしっかりしていてくれれば、その他文句はないし、
謙虚でありたいなぁ、と思う日でした。
… 男女の関係がまるで逆と言う話もあるけど(^^;)
そういうこともあって良いんじゃないかな。
少しずつでも男らしく(人間らしく?)なって行きたいものです。
次は僕が決心を見せる番だろう。
***
セマンティック WEB
とか、オープンソースの話はまた今度(^^;)
ようやく、いろいろ落ち着いてきました。
今週末はブライダル・フェアなるものに出かけて2人で式場見てきます。
2、3箇所、はしごで(^^;)
結婚があるからサイト更新は2度とやらんのではないか、
と言う大方の見方を跳ね返し、
多分、永久に更新すると思われます。うそ。
そんな見方をする人が出てくるほど固定客おりませんです⇒このサイト。
あ〜、それにしてもまずいな〜。
折角サイト設計のオファーもらっているのに、
こういろいろあっちゃ、先方様に連絡もできてない。
このあたり、なんとかしなくちゃ。
***
日を空けたら、このサイトの悪いところがいっぱい目に付いてしまい。
どうしてもテーブルベースのセクション区切りが気に入らなくて。
以前はテーブルこそサイトデザイン、と考えていたのですが、
最近はそうじゃなくて、タグを華麗に使った
セマンティックWEB
Ready にしたい、などと。
セマンティックWEBについてはいずれどこかで書きます。
明日の日記かも(^^;)
その他、書きたいことが目白押し。
オープンソースも本職でかなり調べました。
肝は、GNU(GNU's Not Unix)プロジェクトであり、
GPL(General
Public Lisence)である、と。
これもいずれ書きます。
明日の日記かも(^^;)
***
最近、考えたこと。
子供達に向かって威勢の良いおじさんが言う言葉に、
『なんでもいい、一番になれ』
というのがあります。
この言葉は単純のようで、相当奥が深いと気が付きました。
『一番になれ』は、目標設定の高さを言っているわけですが、
重要なのは、『なんでもいい』んですよ。一番になれば。
考察するに、
『一番になれ』jは戦術を言い、
『なんでもいい』は戦略を語っています。
例えば、松井のように野球で一番になるのは大変だけれど、
セパタクロー(このスポーツを知らない方はリンク先を見よ(^^;))で
一番になるのは可能性的に高いような気がします。
一番になるために費やす時間は同じくらい辛い道のりでしょうが、
効果対努力で考えるならば、
敵は少ない方が成功への期待値は高くなります。
コラム『ソフトウェアエンジニアの悩み』でも
ちょっとだけ書きましたが、
どんなフィールドをベースにして戦うのか、
そのフィールドなら自分は一番になれるのか、
そのフィールドは将来メジャーになりえるか、
と言うことは、競争社会において実は重要なファクターだったりします。
『なんでもいい』の言わんとすることは、
一番になる努力をするのは当然として、その前たるもの、
長期的で戦略的な視野を持ちなさいよ、と言うことなのではないか、などと。
闇雲に努力すれば良いわけじゃない。
努力が報われる努力もしなさい、と。
自分の努力だけが成功の秘訣、と思う無かれ。
周辺環境の変化が自分を成功へ導くこともあるのではないか。
棚から牡丹餅(ぼたもち)と言う無かれ。
牡丹餅の所在を直感できる、鋭い人が成功するのではないか。
…朝日新聞の社説風に〆るのでありました(^^ゞ
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