2006年03月 18日
初バトン
巷でよくよく見かける○○バトン。mixi でのお知り合い、70さんから初めてバトンなるものを頂いたので、やってみます。…いや、なんかね。俺って自分が言いたいこと書ければそれで良いって言う、かなり一方通行タイプなので、ちょっと照れちゃうね。こういうのw
Q1.回してくれた人を色に例えると?
蛍光色の青って感じがします。 シャイなのかどうか、日記からはちょっと分かりませんがw 時に直感的なところが輝いて、時に深く考えていることもあるんだろうな、と。 そういうイメージカラーです。
Q2.自分を色に例えると?
70 さんご指摘の通り水色って感じだなー、きっと。 クールでベタつかない。けど、人情ある人…になりたい。
Q3.自分を動物に例えると?
昔、動物占い(ふるっw)やったら地球狼でした。 やさしい一匹狼になりたい。
Q4.自分をキャラに例えると?
誰も見方でなかったとしても、常に正義を言いながら、 もくもくとかっこつけているような人になりたいです。 花形満みたいなw いかにも努力してます!とか言わないのが良い。 って言うか、ここまで全部、単なる願望じゃないか。
Q5.自分を食べ物に例えると?
苦めのチョコレート? なんだこりゃw
Q6.次に回す五人を色に例えると?
不定期な更新なので、誰も見てないかもw
2006年02月 20日
娘がなかなか寝てくれないらしい…
娘(1ヶ月)がすぐにぐずってしまうようで、なかなか寝てくれないらしい。 今、嫁と娘は里帰り中なのですが、電話をすると、嫁もぜんぜん眠れなくて そうとう辛いのだそうです。
どうしたものだろう…。来月には3人で生活する予定なのですが、嫁の体力とストレスが心配。
以下、ウェブで調べたメモ。
どの文章見ても、要するに、新生児が寝ないこと自体はよくある事で、その子にあった方法を探し出すことが大切、と言うことなんですが。うーん、困った。具体的な解が何もないヨ。
2006年02月 07日
東京電機大学に関する再考察
僕が卒業した大学は東京電機大学と言う大学です。工学部情報通信工学科卒業。以前のエントリーで書いたのですが、つい最近まで、『くだらない大学だった』と本気で考えていました。まわりの学生を見ていて、理系の割りに技術職に対するこだわりが希薄と感じていて。ものづくりに対する姿勢がない、と感じていました。加えて、大学の教授陣の一部は東大を定年された後の天下り。入った研究室の教授はこの大学での研究や学生の質の悪さにヤサグレモード。Windows NT でネットワーク組んで喜んでいるだけの研究室なんて、日本全国探しても、私の所属した研究室だけだったでしょう。で、その使用感を文章にして、雑誌社に売りつけるだけ。こんなの研究じゃありません。
信じられないかもしれませんが、普通の大学生と違い、僕は大学時代、それはそれは勉強しました。プログラマと言う仕事に憧れていましたから。凄く執着していました。当時、先進的な言語で、大学の誰も教えられなかった C++ 言語も独習。電磁気学とか代数学とか本当に必要なのかどうかわからない学問も積極的に勉強しました。証拠に教科9割の成績は『A』でしたから。だからこそ、裏切られたような思いだったのでしょう。
写真は、去年の夏あたりに、嫁と出かけた東京電機大学千葉ニュータウン中央校舎。本学は神田にありますが大学1年次は、千葉のド田舎にあります。で、僕は神奈川県は相模原市から1都2県またいで、約3時間通学していたわけでw いや、それはともかく、嫁と千葉ニュータウン中央校舎へ遊びに行ったんですよ。いろいろと新しい建物が増えていましたが、大学の校舎とか、ほとんど、そのまんまで。僕が入学した当初、まだ新しく校舎が建って間もなかったのです。歩いて見学するうちに、当時の自分の気持ちが蘇ると同時に、その気持ちに対する客観的な自分も現れました。
そう、その時、僕は、この大学の意図と言うものが見えてきたのです。東京電機大学の教育方針は、1年次に実験基礎によるレポートの書き方と言った基礎的な事項を学ばせると同時に、自由課題にも集中させ『ものづくり』の面白さを体験させるカリキュラムになっていたのです。もともと、プログラマに憧れていた自分は狂喜してこの自由なプログラミングに励んでいました。学校まで3時間もかかるのに、夜20時近くまで大学にいて、家に帰って23時。で、次の朝6時30分には家を出る。そんなのへっちゃらなぐらい、それはそれはプログラミングしてました。プログラマの卵としての自分が楽しくて仕方がなかった。
今にして思えば、大学のカリキュラム通りだったんです。そして、その後の専門性―――実際には結構地味で厳しい研究の世界―――に繋がっていく。それでも、ものづくりの本質が分かっていれば、どれだけ厳しくても面白さが感じられる。そういうカリキュラムだったんです。その意味で、東京電機大学のスタイルは、僕向きだったと、今にして思うのです。ただ、その後大学3年間の出会いがあまり上手くなかったのは、不運でもあったように思う一方で、僕自身の行動にもなんか問題あったんだろうな。今の今まで、大学の所為にしてきていたところもあったし、結構、うちの大学生って自分の大学にネガティブな人が多いんですが、大学を卒業して10年、今にして思う。僕はメーカーでエンジニアとして、プログラマとして、または、リーダーとして、楽しく仕事ができるだけの素養の多くをかの大学で学んだと。そんな風に思います。
嫁と訪れた11年ぶりの大学。社会人11年目にして、わだかまりの一部、何かが晴れてきたように思う瞬間でした。
2006年01月 25日
家族が増えました
親馬鹿っぷりを発揮して、写真なんて掲載してしまいますw

2006/01/20 9:34 に生まれました。元気な女の子です。今回、分娩には立ち会わなかったのですが、陣痛室には陣痛が始まってからずっと嫁に付き添っていました。そのときの感想は…いや、女の人って凄いなあ、って改めて思いました。あんなに辛い思いをしても、耐えて、子供を産むのだから。
お腹を痛めた子供だから~なんて言う言葉がありますが、実は相当重みを持った言葉だったのだなぁ、と。話は良く聞けど、実際に陣痛の凄まじさを垣間見ると、そんなことを思わずにはいられません。男はホントに何も出来ないのだなぁ、などと。
陣痛自体は7時間あまりで、初産(ういざん)としては順調だったとのことです。本当に母子共に元気にお産できて良かった。
2006年01月 23日
ホリエモンに関する個人的な再考察
堀江さん、えらいことになってますなぁ。まぁ、なんて言うか。『全て金で買える』なんて言う人が全うな経営者とは思えない僕ではあるわけですが。ちょうど一年前に以下のエントリーを書いていました。
要は、『経営』の本質がお金儲けに留まるのかどうか、と言う点で堀江さんの行動には疑問があったわけです。で、こうして逮捕までされちゃうと、いよいよ疑問は確信に変わっていたりします。
しかし、堀江さん。この方は、全く悪気なく行動しているんだろうな~なんて思います。本当に根っから、お金になることがそれがイコール全て正義と考えているんだろうな、と。
良く考えてみてください。ライブドアは私たちに何をしてくれたでしょうか。最近始めた山手線内の HotSpot 計画は面白みがありましたが、その他ポータル事業なり、Opera なり、Eudora なり、買収するだけで何一つ新しいサービスがない。100歩譲って新しくないのを良いとしても、ライブドアのポータルサイトなんて見ないでしょ?ほとんどの人は。いや、社会におけるライブドアの実力ってその程度なんですよ。
実力が伴わない企業価値、つまりそれがライブドア社の株価となっていたわけです。社会貢献の伴わない会社の株価が上がるなんて、どこかおかしいんです。
堀江さんにはそういう視点が最初からないんじゃないか、と。だから、各種買収に周りがなぜ目くじら立てるのか分からない。今回だって、多分、なぜそれが犯罪なのかわからないんじゃないかしら。
しかし、今、資本主義経済を見ていると、そういう価値観を生むのも仕方がないのかも知れません。ありがちな結びですが、そういう価値観を生む今の社会・経済そのものに、僕は不安を禁じえません。
2006年01月 16日
宝くじ
去年の年末ジャンボ、振るわず300円でした orz ま~なかなかあたらんわな。如何にあたらないかは下記シミュレーターでも実証されますw 当たって1万なんだなぁ、と。
ちなみに、僕の父が2等を組違いだったそうで、『次は当たる!』と豪語してはばかりません。いやいや、元数学教員が言う言葉とも思えませんが。もちろん、確率論的には今回が惜しかったからと言って、次回当選の確率が上がるわけはありません。それが科学と言うモンです。
じゃあって言うんで、角度を変えてみましょう。科学とは真っ向対決して、『オカルト』ではどうか。オカルトの世界では、全ての事象には『流れ』がある、つまり、一見関係のなさそうな事象に関係を認めるところからスタートします。例えば、サイコロを3回振ったとき、「2」「2」「2」と、2が3回連続したとしましょう。次にサイコロを振ったときに出る値は何か?
確率論では、前回までに出た値と、次に出る値には関連がない、つまり一定して 1/6 の確率で次は「2」です、となります。オカルト論(なんてのがあるかどうか分かりませんが)では、「2」が3回も出るなんて神がかり、何かの流れで次も「2」に違いない。ってことになるわけです。
『オカルト』と言われるものは、だいたいこういう理屈を持っています。例えば占星術の場合、1年内の同じ日には同じ星座が現れる。ここに「神がかり」を感じたのでしょう。この星座とその下で生まれた人の運命は関連があるに違いない!と言う具合。これが風水なら方角。血液型なんてのもありますな。
近現代の科学はこういった、なんだかの精神の所在を否定するところをスタートラインにしています。逆に、占いを初めとする「オカルト」はその精神の所在を拠り所とする。だから宗教的なモノの見方とは切っても切れないものとなる。
でも、父が言う「神がかり」、信じたくなるのも人情です。いや、むしろそちらが真理のようにさえ見える。ぜひ次回は2等でも1等でも当てて欲しいものです。
2006年01月 11日
ジョギング
最近、7つの習慣に書いてあったことを真に受けまくっていて、その影響もあって、毎日ジョギングしています。今日で3日目。明日も走れば3日坊主とは言われまいw とは言え、600m 程度のショートコースなんだけどね。慣れてきたら距離を増やして行こうかな、と。まずは、続けることが大切。
ジョギングをしていて思い出すのは、中学時代です。運動は得意な方ではないのですが、長距離だけは、ちょっとだけ自信がありました。だいたい、1000m を 3分弱程度で、3000m を 9分以内で走っていました。8000m でも30分は超えなかったと思う…まぁ、すげー速くはなかったですけどねw クラスで3~4番目くらい、と言う実力。
懐古するわけでもないんだけど、あの頃は僕にとって本当に良い友達が多かったな、と思う。毎晩、小田急線で一駅分をいっしょにジョギング(と言うよりもはやマラソン)で往復していた友達の背中を思い出します。スポーツとか、そういうのが唯一僕らを繋げていたあの頃。高校になって、どんどん振り分けられ、僕はどんどん自分を見失ったように思うよ。
だから、ジョギングをすることは、僕が僕を呼び起こす、有益な時間のひとつになることに気がつきました。走り続けたあの日を思う。そして、いっしょにいた仲間を思う。そして、今の自分と重ね、今何をなしているのか、なすべきなのか、ジョギングと言う行為が僕に客観的に語ってくるようで。
いや、もちろん。走り始めたのは、腹が出てきたって言うありがちな理由なんだけどさw
2006年01月 10日
ドラえもん最終回 - 都市伝説の具現化
ドラえもんの最終回。まぁ、以下のリンクから見てやってくださいな。正直、不覚にも感動しちゃったよ、俺。
実はこの作品、なんでも、田嶋安恵さんという方の同人誌なんだそうで。しかも、この方、アニメ系のH漫画家さんなんですね。通りで12ページ目のしずかちゃん、体系がどことなく色っぽいと思ったさw
この作品、絵の上手さもさることながら、藤子F作品にありそうな、良く出来た構成に仕上がっていると思います。TV に出ている大人になったのび太くん。そしてそれを見る、これまた大人の出来杉くん、スネ夫、ジャイアン。いったい何がどうなったんだろう?と読者の気持ちを引き付けます。さすがはプロの作品…と言う以前、藤子F作品に対する執着のようなものを感じます。
それ以上に面白いのが、この物語のベースが都市伝説であることです。要はただの噂にすぎなかったこのストーリーを、本当に漫画に興してしまったところが面白い。都市伝説の具現化。もはや、一種のアートです。ストーリーとは別角度の作品とも言えそうで面白い。
それ以前に、みんな最終回のないことが分かっているこのビックタイトルに対して、みんな不完全燃焼なんだろうなぁ、などと。ドラえもんの最終回を記すことなく、他界された藤子F先生の『ドラえもん』。僕も先生ご本人だったらどんな最終回を描いたのだろう、と惜しまれてなりません。
ところで…、ぜんぜん関係ないんだけど、ここ1年でアニメ『ドラえもん』の声優さん、変わったんだって?俺、怖くてアニメのドラえもん見れないよ。未だに。僕の心の中にいるドラえもんは大山のぶよさんだけです。
2006年01月 04日
謹賀新年
すっかりご挨拶が遅れてしまいまいたが、皆様、明けましておめでとうございます。
サイトを始めて4年強、blog を始めて丸2年です。実は本家サイトがあるので、そっちも見てくれよ…と言いつつ全然更新されていないのだが。こうして3回目の謹賀新年エントリーをならべると、その時々で悩んでいたことや考えていたこと、決心したこと、そして、叶ったこと、叶わなかったことを思い出します。blog って3年ダイアリーみたいね。
昨年はプライベートが猛烈に忙しい一方で、仕事や人生について、様々考える良い機会となる年だったように思います。ここに来て、僕なりに結論付いてきたこともいくつかあります。2006年、このお正月はゆっくり考えるのに良い時間を僕にくれたように思います。
お世話になった皆様、これからお世話になる皆様、本年も何卒よろしくお願い致します。
2005年12月 04日
7つの習慣
遅ればせながら、7つの習慣を読み始めました。
既に10年以上前に出版されたこの本、噂には『経営に囚われない、本質的な本』と聞いていたのですが、なるほど本質的な話題を扱った希少な本だと思います。まだ、序章と第一の習慣しか読み終わってないのですが、非常に共感できるところが多かったです。
結果だけを追う理論に意味なんかない、結果を出すのはどんな考え方に基づくのか---本書ではそれをインサイド・アウトと呼ぶ---を簡潔に説明しようとしています。環境がどのようにひどい状況であろうとも、どのように生きることが本質的な結果に結びつくのか、または、自分自身が幸いと言える状態にたどり着けるのか、そういう本質的な論点でスタートしているところに、この本がなぜ長年ベストセラーであり続けるのかを垣間見た感じです。成功のためのノウハウ集ではありません。本書ではそもそも「成功」を定義していません。序章を読んで思い出したのは、ジョン・F・ケネディの以下の言葉です。
祖国が諸君のために何をしてくれるかではなく、諸君が祖国のために何ができるかを問うてもらいたい
序章を読むと、この言葉の本質的な意味が分かります。また、ケネディはリーダーとして、全体の幸せと言うものを知っていたのだな、と。そんな風に感じました。
2005年11月 20日
[Freeゲーム] ネイビーミッション
ネイビーミッションと言うゲームにはまってます。
いやあ、これ面白いヨ!元ねたはかわぐちかいじの『ジパング』かなぁ。非常によく練られたゲームバランスだと思います。めちゃめちゃ難しくもないけど、回を重ねるごとに工夫が必要になる、と言うスルメ系なゲームですね。昔のナムコな感じ。いいセンスしていると思いました。よく見たら、フロントラインと同じ人が作ったフリーのゲームなんですね。こちらもゲームのバランスとしての完成度が非常に高く、しばらく遊んでいました。
作者のサイトはこちら。次回作にも大期待です!
2005年11月 15日
本質
モノゴトの本質を見失ったらイカンな、と。
いやね。例えば、10人中8人ぐらいまでが賛成だったとするじゃないですか。でも、8人全員が自分の意思として賛成しているかどうかって怪しいな、と。…たぶん、8人中、3~4人くらいは寄らば大樹の影的で、本質なんて見ていないか、そもそも理解はしていない人なんだろうなぁ、と。
だんだんね。エンジニアみたいな商売も、歳おうごとに、本当に分かっているのか、分かっている風に立ち振る舞っているだけなのか、怪しい人たちばかりになっていくように思えてね。そのあたりの価値観が今とっても僕の中で葛藤があり。そういう人たちとは話さなくて済むと思うから、設計に没頭できたのだけど、出来たものベースでさえ、政治に組み込もうとする輩が多くて嫌気がさすわけなのね。
「そんなの聞いてない」いや、聞いている聞いてない、じゃなくって、その内容があっているか間違っているかでショ。
「それは政治的にやらないと云々」分かった分かった、任せるから(君の実績にして良いから)勝手にやってくれ。でも地球は周っているぜ。
しかし、まぁ、それはそんなものなのかも知れない。どんな提案をしてもね。基本的に反対する人って出てくるもんなんだよね。本質から検討しているわけではなく、「とりあえず反対」って人がね。それはそれで必要なんだろう。が、僕の価値観には真っ向対峙する考え方。これを開き直れるかどうか、なんだけどさ。
だからこそ、モノゴトの本質を見失ったらイカンな、と。守るべき本質があるならば、政治家にだってなってやろうじゃないか、と。
2005年11月 13日
一人芋焼酎で
嫁が妊娠しているのですが、切迫早産との診断で、現在入院中です。既に8ヶ月目入っているので、後2ヶ月なのですが、早産してしまう可能性あり、と言うことらしいのです。で、週末は実家近くの病院まで嫁に会いに行き、平日の夜は根津の自宅で一人家事をする日々です。いやぁ。独身の時はフルで外食 & ロクに掃除もしない人間だったので、勝手が分からなくて、いろいろ試しながらやっている日々です。いや、或いは初めてマトモな生活と言うものを自分でしているのかも知れないやw
今日は 4yourstyle と言うサイトの仕事を手伝った際に、お仕事関係の方から頂いた iittala のグラスに焼酎をストレートで一杯。鰹の刺身が肴。

2005年10月 30日
久々のエントリー:近況報告
超自己満足というか自意識のみでエントリーし続けるこのblog、久しぶりに何か書いておこうかなと思いまして。コメントスパムやらトラックバックスパムやらの温床になってしまっていて、なんとかしなくちゃならないんでしょうけど、もうそんな気力も時間もないって言うか。いや、そのうち処理しましょう。
エントリーしたくなったのは、あまりにも気持ちが辛くなってきたからで、一区切りつけないと自分が保てない感じがしたからです。そういう人、結構いるでしょ?blog に言いたいこと書いて弾みにする人。僕もそんな人です。なので、特定の誰かに何かを伝えるべくナンカ書いているわけじゃないです。
***
結婚して、生活自体はまともな人になってきたな、って思います。禁煙は、一度挫折しました。が、禁煙セラピーなる本のお陰でで一挙に禁煙できそうな気配です。
去年(2004年)12月に一度挫折。今年(2005年)5月に再度禁煙スタート。当時は二コレットを使っていましたが、現在は二コレットも止めています。完全に止めて2週間強立ちます。ただ、FRISK を一日3箱空けてしまうため、まだまだ心から煙草をいらないものと自分自身が認識したわけではないようです。このあたりは、本当に禁煙が成功したら、どこかで経緯を書き留めておこう。
***
結婚して何が良かったって、何のために生きているのかをもう一度考える機会になれたことだと思います。コンピュータと仕事以外は興味が無かったわけで、実際、ちょっと捻くれ者だったように思います。そういう価値観では、生きていけないんだなぁ、と言うか、そういうのって生きる本質ではないんだなぁ、と。何が大切だったのか、と言うことに気がつきつつあったりします。だから、禁煙だって出来る。 その点、今の自分は幸せものだなーなどと。惚気てみたくなります。で、実際今は感謝しても感謝しきれない程、私生活は満足しています。
***
それならば順風満帆か、と言うと、さにあらず。今度は逆に仕事の方が良く分からなくなってしまいました。こんなサイト見たりしてしまう程、重症です。何が問題なのか。職場で起きたある事件でマネージメント(要は部長以上)の動きの悪さを見るにつけ、マネージメントに疑問を持ち始めてしまったのがコトの発端のように思います。
最近も、意思決定のヒアリングを部長自ら担当者から聞き出したのに、ぜんぜん担当者の意図にそぐわない決定を行って『調整つけた』気になっているマネージメントのお粗末さ。だいたい、部長が課長、係長を飛び越えてヒアリングしちゃったら、間の人間は何のためにいるのか分からなくなっちゃうだろうが、と。『人を動かす』と言うことは『人の心を動かす』と言うことで、担当者の求めているものって、『要はこうすれば良いんだ』と言う解を求めているわけじゃないんだと思うんですよね。解が欲しいんじゃなくて、解に行き着くための枠組みを作るのがマネージメントであり、そのために組織化することが重要なのではないか、と。
そのために、ちゃんと人を見たり、人と対話することが大切なわけだと思うのですが、対話しようと言う気が更々ないことに気がついてきて、もうこちらから何か話すのも馬鹿馬鹿しくって。
勝手に決めて勝手にやってください、と。まぁ、仮にも『やれ』と言われたことは責任持ってやるとしても、こんな人たちの対話(そもそも向こうは対話する気なんてない)に時間を費やすのも馬鹿馬鹿しい。コツコツと技術でも溜めましょうか、などと考える今日この頃です。ので、今の方針は、『ソツなくこなす』。後は『技術を溜める』『(他部署と)信頼関係を作る』。あー、とっとと別の場所に移りたいが、それが故に自分の実力を身につけねば。チャンスはいずれめぐるはず。今はその思いだけでひたすら日々を潜り抜ける也。
2005年02月 25日
ホリエモンの行動についての個人的な考察
以前書いたように、ホント、僕個人的には、Livedoor 社やフジテレビじゃなかったニッポン放送がどうなろーが知ったことではないんですが。ぜんぜん生活に支障きたさないと思うし。ともあれ、上司をして『今、最高のコンテンツ』と言わしめた Livedoor 社によるニッポン放送株、敵対的買収について、僕なりの考え方などを。
絵文禄ことのはにて、以下のようなエントリーが出ています。
Livedoorホリエモンは現代のトリックスターであり、
「既成秩序の破壊」がその役割である。[絵文録ことのは]05-02/24
うん、そうかも知れません。堀江氏は、新しい企業活動のあり方がために行動するのかも知れません。僕の意見は、下記朝日新聞掲載の経団連会長の意見に近い感じです。
奥田氏は、敵対的買収そのものは時代の流れだ、対策を採っていなかったニッポン放送(と言うかフジサンケイグループ)も悪い、と言っているわけですね。とは言え、この部分に尽きると思うわけです。
同時に奥田氏は「マネーゲームなら認められない」と強調。「堀江さんは『カネがあれば何でも買える』という趣旨のことを著書に書いており、この点に批判が出ている」と述べたうえで、「単なる金もうけなのか、フジサンケイグループをよくする狙いなのか、動機を説明すべきだ」と堀江氏にも注文をつけた。
そもそも経営と言うものは、社会活動の一環として行われるべき問題なのであって、社会活動とは、金銭の動き『だけ』に囚われるべき問題ではないと思うんですよ。マスコミの影響もあるのですが、どうしても僕には、堀江氏と言う人が、ただ闇雲に投資・回収を続けている人に見える。実際、Livedoor 社も買収した会社の名前なわけで。もちろん、投資は社会活動に繋がるし、社会活動の結果として金銭を回収でき、次の投資へ繋げることが出来る。が、本質的に重要なのは『社会活動』なんであって、お金のめぐりは企業活動の本質ではないと思うんですよ。企業価値創造、ひいては株式による競争原理こそ新しい価値観だ、とする人も多いとは思うのですが、本質を見失ってはいけません。そういう価値観が米国エンロン社のような過ちを生むと思うのです。電力会社のような公共事業が、株式に躍起になって、このザマです。日本人が、ついぞ手放しに見習いがちな米国じゃ、会社員が出社すると Yahoo! Messenger で株価をチェックするところから始まる、なんていうジョークがあるとかないとか。そういう社会は本質を見失っていると思うんです。
ところで、「絵文禄ことのは」で引用していた下記サイト。
できるだけごまかさないで考えてみる:
ブロガーの受けた印象を分析する<21日の「きょうの出来事」
実は僕も同番組を見たのですが、NHK が堀江氏をいじめているような印象を持った人の1人だったりします。でも、先のエントリー内容に反して、僕は堀江氏に対しては批判的な考え方を持っている人です。個人的には、NHK アナウンサーの質問の仕方がそれこそ『攻撃的』だったんじゃないのかなぁ、なんて思ってしまいました。堀江氏の行動には、少なくともトリックスターとしての価値はあるのだから(おい)、もっと尊重したインタビューを行うのが、ジャーナリズムとしてスジってヤツだったんじゃないでしょうかね。インタビュアーと堀江氏の立場って、平等じゃないと思いますよ。インタビュアーはご意見を伺う人、堀江氏は答える人なんだし。
2005年02月 20日
引越し実行中
週末の入籍 & 引越しに向けて、荷物を整理中。現在、部屋の中は混沌としています。何しろ、引越し先には、ほとんど荷物が置けず。父親に手伝ってもらって実家に退避したもの一覧。
- 書籍類60%
- 洋服ダンス
- 本棚×2本
- 炊飯ジャー
続いて、業者を通じて廃棄したもの一覧。
- 冷蔵庫
- CD ラック
- 電気ポット
冷蔵庫引き取ってもらうのに \7,600- も取られたorz。 引き取り料金、上記全部で \8,000-。
何しろ、今は日常使うパソコン & サーバー & パソコンラック以外、部屋に何もない状態です。ちなみに、料理道具一式は全部まとめて燃えないゴミとしてまとめてあります。…何気に5回くらいしか使わなんだw
いや、モノがなくなって、部屋が閑散としているんですが、タンスや本棚の中にあったものが、雑然とばらけてる状態でして。これらを捨てたり、ダンボールに突っ込んだりすればだいたい完了なんですが…、果たして。呆然としている中。
面白いぞ、『デースケドガー』
先日参加表明した第2回 SEO コンテスト『デースケドガー』、面白すぎますw みなさん、気合入れていますねぇ。2日の間にトラックバック30件越えました。すごいすごい。トラックバック頂いたサイトを拝見してまわりましたが、どこも偉い勢いのトラックバック合戦ですなw
これは Google の PageRank が、外部からのリンク数によっても順位を決定しているからでしょう。その他 、title タグが重要だとかっていうんで、blog の名前に『デースケドガー』を加えるサイトも多数。いろいろと面白い試みも行われているようです。個人的に目を引いたのは下記サイト。デースケドガー島なる島を勝手に作って、観光案内風にアレンジする試み。現段階の Google PageRank は意外と低いかも…?面白いけどなぁ。
SEO にクレームするエントリーに対する空も飛ぶし水にも潜るのエントリーは鋭いですねぇ。僕もそうでしたが。
空も飛ぶし水にも潜る: SEOコンテストへのクレームと参加者へのアドバイス?
クレームつけた直後に擁護する発言します…。
SEOを自己目的化することに疑問を呈する人が多数いらっしゃいますが、これは技術実験じゃないのですか?
車屋さんがフォーミュラカーを走らせるのと一緒です。
実際の検索エンジンを使っているのでラリーレースの方がイメージが近いかな…。
SEOで検索エンジンが機能しなくなるのであれば、検索エンジンのほうが仕様を変えるでしょう。
徐々に検索エンジンがコンテンツ重視になっていけば問題はないのです。
SEOコンテストは各人のSEO技術をあげ、また新しいSEO技術を生み出すと共に、検索エンジンの進化を促進する点で意義のあることだと思います。
コンテストの意義としては、なるほど。検索エンジンの性能向上に一役買うのは間違いなさそうです。でも、僕などは SEO 技術そのものの検討に本質的な意味はないと(相変わらず)思いますけどね。それでも下記サイトなんかは、感心するぐらいしっかりと SEO 的な情報を網羅しています。中でも SEO には W3C に従うことが重要、としていて。意図は兎も角、それは良い傾向だと思います。
ところで、デースケドガーってちょっと強そうですな。下記エントリーにはデースケドガーの後姿が登場していますw そうか良く分からんけど生き物だったのか。きっと、なかなか厄介なヤツなんだろう。
それにしても前回の『デースケドガー参加エントリー』ではアフィリエイト・サイト(ここでは主目的がアフィリエイトであるサイトと言う意味)批判を暗にしてみたつもりだったんだけど、豪快にアフィリエイト・サイトからトラックバックが入ってますな。って言うかエントリーの内容を読んどらんだろ、チミタチ。そのうち、トラックバック禁止マークを分かり難いところに付けてトラックバックを誘い込むなんて言う罠を張る人とか出てきそうな予感w
第 2 回 SEO コンテスト (新潟・スマトラ頑張れ!!)
![]()
2005年02月 19日
SEO コンテスト 『デースケドガー』
ゴッゴルで有名な SEO コンテスト、第2回が開催されていたんですね。面白半分で一応参加してみましょうか。今回のキーワードは『デースケドガー』。また微妙なキーワードですな…w
第 2 回 SEO コンテスト (新潟・スマトラ頑張れ!!)
![]()
参加しておいて言うのもアレですが、僕は SEO を一生懸命やるなんてオカシイって考える人です。更に言えば、アフィリエイトもオカシイって考える人で。いえ、アフィリエイト・プログラム自体は良いんですが、広告がためだけに広告するのってなんっていうか…、一日中 CM しかやっていない TV 番組を作っているみたいな感じがして気持ち悪いんですよ。そうじゃなくって、サイトのコンテンツそのものの価値で競う方が意味があるような感じがするんですけどね。その質の高さが結果的にアフィリエイトみたいなものにも還元できたら良いな、ぐらいなもんで。
大分以前、BoundlessOcean の 『SEO』と言うエントリーで、そもそも検索エンジンのランクと言うものはユーザーがより欲しい情報にたどりつきやすいと言う趣旨でランクを決めているのであって、ランク上位そのものを目指すことに意味はないと言う趣旨のことを書いてあって。ああ、全くその通りだな、って思ったものでした。検索ランクは、ユーザーの目で語るべき事項なんであって、広告側から語る事項じゃないわけなんですよ。そもそも、そんなの検索エンジンの作りようで、どうにでも変えられるんですから。SEO のノウハウなんて、言ってみりゃ砂の城みたいなモノなんです。
…でもね。『デースケドガー』検索でこのエントリー、どこまで食い込めるでしょうね。確かにそういうのって、ちょっとワクワクしちゃったりするのも人情だけどねw SEO をあれやこれやノウハウ溜めるのはおかしな話だと思うけど、確かにゲーム的な面白さは否定できないところではあるんだけどねw
2005年02月 17日
がんばれ!JUSTSYSTEM
先の松下電器産業による JUST SYSTEM 社訴訟の件で、こんなコミュニティが出来ているようです。いえ、実は私個人は JUST SYSTEM 社の信者ではありません。両親は一太郎と ATOK なしにはパソコンとは言えないようですが。
ただね。純国産ソフトウェアを潰してしまうのは、日本の産業全体として、大きな損失だと思うんですよ。それでなくても国産ソフトウェアで成功しているアプリケーションは少ないわけで。『全ては競争だから企業活動として当たり前』ではあると思うのですが、そう考えた場合でも、この勝訴による松下の利益が見え難い。松下は対抗となるアプリケーションソフトウェアを販売しているわけではないからです。これでは単なるイジメと捉えられても仕方がないでしょう。こんな形でつぶしあっていたら、それでなくても国際競争力の弱い国産アプリケーション・ソフトウェアがやばいんじゃないの?って言う感じがしています。
ちなみに、松下電器産業製品不買運動なんていうのもあるようです。実は僕、松下に競合している電気機器メーカーに勤務している人なので、さすがにそこまでは言えませんが(言い出したら、まるきり作為的じゃないですか)。ただ、JUST SYSTEM 社にはがんばって欲しいな、と。今から15年ほど前には使ってました。PC-9801 MS-DOS 版の一太郎。JUST さんに愛を込めて。
NHK 教育 『あしたをつかめ』 漫画家編
いや~、Gree 経由でいよいよ会社の人にバレバレのこの blog、今日も読まれちゃっていますでしょうか?まぁ、すぐ飽きるだろうから気にせず、変わらず匿名ノリで書きますヨ。見て見ぬフリしてくれないとイヤよw
さてさて、NHK 教育テレビの深夜枠でやっていた 『あしたをつかめ~平成若者仕事図鑑』の再放送を見ていました(見てしまいましたw)。幸か不幸か、これがまた、僕がむかしむかしに夢見た、漫画家編で。

懐かしいですよ、高校時代とか。たまたま、漫画好きの男女が集まっちゃったので、夜遅くまでいろいろ話したっけなぁ、と。インクの匂いとスクリーントーン削りカスの感触。新人漫画家さんの奮闘を描くこの番組、若者の夢へのご参考と言うスタンスなのでしょうね。
番組に出ていた新人漫画家、咲坂 芽亜(さきさか・めあ)さんの口調、言うコトひとつひとつ、大学時代の自分を思い出してしまいます。僕は結局、途中で大学進学に方針転換したあたりから、漫画家と言う道をゲームプログラマに転化して、がんばっていたんです。ゲームの世界もそうだけど、みんな必死だった。普通の会社みたいにモチベーションをどうこう言うような世界じゃなかった。そんなモノ、あってあたりまえ。なくなったヤツから脱落していく。後で誰かが助けてくれることもない。その代わり、成功し続ける限りは、見捨てられもしない。あのギリギリ感、あの興奮。成功したときの達成感。励まし。裏切り。
今ね、俺ってぬるま湯だな、って思いました。会社の評価に従う以外に価値観を見出せなくなってしまっている自分。あの頃は違ったなぁ、って。案外、当時のほうが広い視野で目標を立てられたように思う。なんか、これって違うんじゃないか、って。そういう自分に従うことの中に、結局、全体に還元できる何かを作り出せるんじゃないか、などと。いや、具体的なトコロはこれから考える感じだけど。こいつら、偉いよ。変に学歴とステータス、社会人と言う言葉の嘘がために頭堅くなっちゃったやつらの100倍は。自分の出来ることを必死で考えて、提案し、挑戦し続けているもの。
って、こんなエントリー書くのも匿名だからなんだぞw
2005年02月 15日
結納の完了
2月13日に結納を行ってきました。家族内々で。殆ど僕の家族都合で開催した結納、僕の父は非常に厳格な人なので、どうしても形式を整えたかったのが大きな理由です。特に仲人等を立てたわけではないので、本当に家族が納得するための結納としました。相手のご家族はあまり形式にこだわる風もなかったのですが、自分の父親による強い要望で行ったわけです。
ホテルのある和食レストランの個室で懐石料理と結納。8名で\143,000でした。司会はレストラン側で立っていただきました。なるほど懐石料理と言うものは、少しずつ料理を出すことでみなさんの会話を勧める効果があるわけですねぇ。なんていうのもあったのですが、一番面白かったのは結納品。
略式の結納は、新郎側家族が新婦を家族として迎え入れるにあたり、新婦側家族におめでたい品々(含む:結納金)をお納めし、それに対し確かに受け取りましたよ、と言う受書を新郎側家族に収める形で完了します。
そのおめでたい品々と言うのが面白い。関東本式では9品収めます(僕は略式7品としました)。なお、これら品々は関西と関東で違う他、由緒あるお家柄である場合はその亜流が多数あるとのこと。『最も普通なやり方』と言うのはなかなか定義が難しく、ポイントは両家家族が納得できるスタイルになっていることにあるようです。では、一つずつご紹介。
●目録(もくろく)
結納品の内容を記したものです。
●長熨斗(ながのし)
のしあわびのこと。あわびは長寿の象徴でもあります。
●金包(きんぽう)
結納金を入れた包。女性には「御帯料」男性には「御袴料」と書きます。
●末広(すえひろ)
白い扇子を2本で一対としたもの。白は純潔、扇は末広がりを意味します。
●友志良賀(ともしらが)
白い麻糸。二人がともに白髪になるまで仲むつまじくとの願いがこめられています。
●子生婦(こんぶ)
昆布。子宝に恵まれるようにとの願いがこめられています。
●寿留目(するめ)
日持ちがすることから幾久しく。噛めば噛むほど味が出るという意味もあります。
●勝男武士(かつおぶし)
鰹節。男性の強さの象徴です。
●家内喜多留(やなぎだる)
祝い酒のことです。最近は酒肴料として現金を包みます。
まぁ、駄洒落なんですがw 結納品は略式7品でも\35,000。受書は\12,000。これら一式を最後に風呂敷に包んで各々のご家族で持って帰ります。ここでポイントは最初に風呂敷は『結ばない』。持って帰るときに『堅く結ぶ』。結ぶ前に結んではいけないわけですね。ので、結納品は包んで持って行ってはいけません。ちなみに僕は三越から直接結納会場へ送ってもらったため、そのあたりの不都合はありませんでした。
その他、目録は大安吉日に各ご家族の名義を記載します。三越なりブライダル・サロンでも適宜行ってくれますが、このあたりも由緒あるご家族の場合はちゃんと自前でやるのでしょう。
僕は婚姻届提出を先に行って入籍後に結婚式を行う段取りなのですが、本来は結納後、結婚式まで半年間ぐらいは婚約期間ですね。その間は、各ご家族の神棚に飾っておくのが由緒ある行い方なのだそうです。私の場合、もうすぐ入籍となりますので、『招待状を出した日あたりで神棚に飾ってみては如何でしょう』と三越さんにアドバイス頂きました。
本来、これら品々はその後も各ご家族で大切に保管することになっていますが、都内じゃ置く場所に困る昨今、目録以外は神社などで縁起を配慮しつつ処分して頂くのも一つの方法だとか。目録は取っておくのが吉とのこと。
僕の相手も最初は面倒なコトと思っていたようですが、いざ行ってみると、両家ご家族でお話をする良い機会となって、やって良かったなぁ、と言っていました。僕も良い節目になるものだな、と思っています。最初は父の納得だけが配慮の対象だったのですけどね。
現在ほとんどなくなりつつある、結納と言う日本の習慣。やってみるとなかなか悪いものではありません。結婚式では間違いなく2人で喧嘩しますw 男女の違いによるものばかりではなく、お互いの生まれ育った環境の違いが出てしまうからです。そうなる前に、お互いの気持ち、お互いのご家族の気持ちを一つにする良い機会となるんじゃないでしょうか。それも日本人の知恵と言うものか分かりません。
2005年02月 11日
疲労度 DX
大丈夫だと思っていたのだが、どうやら相当疲れています。ホントは仕事休んじゃいけないんだけどさ、これも人生と言う視点で見れば必要な休暇だし。そういうのなく1人で生きるのって実は凄く気楽なことだったんだなぁって思って見たり。
疲労の原因は分かっているので、出来る限りで最善を尽くすしかないわけです。
明後日が結納。今は引越しに向けて家の掃除をやろう…かと思っているのだけど、疲れちゃってダラダラw 今『イレイザー』見ています。
シュワルツェネガーが出演している映画って面白いよなぁ。って言う、ホント、なんでもないエントリーなのでした。
2005年02月 09日
なぜ NHK の受信料を払うのか?
ちょっとしたことがあって、自分の会社(東京勤務)で周りに聞いてみたところ、結構、みんな NHK の受信料を払っていないことがわかり。受信料を払わない世帯は全部で30万世帯とのこと。平均4人家族として1200万人。日本人の10人に1人は払っていないわけですな。恐らく、若い世代の方が受信料を払っていないでしょうから、僕の周りでは目立つわけです。受信料は法律で定められている(放送法32条)ことですが、実は、受信料は払わなくても罰則規定がないため、払う払わないは国民の意思で良い訳です。
それに加えて、現在の NHK、汚職事件があったり番組捏造があったりでロクでもないところが暴露されている最中、NHK を擁護するにはなかなか難しいところもあるわけですが。
ただ、多くの人の言う、『なぜ NHK だけ受信料を払わなければならないのか分からない』と言うことについては、僕の思うところがあります。
NHK には報道機関として以下のようなの選択肢があったのじゃないかと思います。
- 税金で賄う
- 広告収入で賄う
- 国民で賄う
今や TV 番組は娯楽用途の色が強いわけですが、NHK 発足当初は報道機関、ジャーナリズムと言われる色が強かったと予想します。勿論、現在の NHK もその色は強いと思います。
ジャーナリズムの観点として報道を考えると 1. はマズイ。政治と報道を組み合わせることの功罪はヒットラーのような独裁政権が証明しています。プロパガンダ(政治的宣伝)の良い道具にされてしまうからです。
2. は現在の民放がそれにあたりますが、これも実はマズイ。企業汚職のようなことがあった場合、それを報道できなくなってしまう可能性がある。
結局、NHK は 3. を選んだのでしょう。つまり、国民のために最もヒイキのない報道をするためには、国民に負担してもらうのが良い、と言うことなんです。みんなでちょっとずつお金を出し合って他に影響されない報道機関を作ろう、と言うのが NHK の本当なのです。実際、NHK スペシャル初めとする報道番組、ニュース番組の質の高さは他の民放とはレベルに違いがあることはみなさん認めるところでしょう。この質を維持するために必要な投資は、その額の問題ではなく、その出所が重要なのです。誰からも影響されない報道機関の重要性について考えずに受信料を払わないのは、選挙にいかずに政治に文句言うのと同レベルなんじゃないかな、と。
ただ、そう考えた場合、NHK は報道だけをやれば良い、もっと受信料を安くせよ、と言う議論はあると思います。その観点ならば正常で、NHK はもっと規模を縮小するべきなのかも知れない。いずれにしても、『他に影響されない報道機関の必要性』と言うものを良く考えた上で受信料と言うものを考えて欲しいかな、と。そう思うわけです。
NHK も良くなくて、受信料の必要性を『法律がそうなっているから』が大きく叫ばれていて、報道機関としての意義についてはあまり触れられていないように思います。僕らもそこそこ馬鹿じゃないので、ちゃんと本質に立ち返った対話がないと納得もできないわけなんですよ。そのあたりは NHK の怠慢と言わざるえません。こうしていろんなことを WEB なりでモノ言える昨今、ちゃんとした議論を我々のレベルでも行ってみてはどうでしょうね。NHK にはそれに耳を傾けなければならない義務があるはずです。何しろ、投資者は私たちなんですから。
2005年02月 01日
エンジンかけて行こう!
なにやるにもタフでないとな、と思う日でした。仕事もタフ、生活もタフ。いずれも上手く行くときもあれば下手打つときもある、と。ばりばり、がんがんとやらんとマズイ。明日も仕事で遅くなりそう…なんだけどさ。会社を中抜けで結納の道具とか調整とかを日本橋は三越でやる予定。ひゅ~…。
2005年01月 30日
ジェネジャン!! 韓流ブーム
公私とも猛烈な忙しさの中、今日は久しぶりに完全オフな感じでだらだらと夜更かししたりしています。
で、日テレの深夜枠番組『ジェネジャン』(毎月最終土曜日深夜0:50~2:50)を見ていました。今日のテーマは韓流ブームについて、在日韓国人と日本人(10代~40代)との対談でした。この番組、NHK の『しゃべりば』のカッコいい版という感じ。司会は KinKi Kids の堂本光一。
なかなか面白い番組じゃないですか。『しゃべりば』は学級委員とか生徒会とかにいたような子ばっか出ている感じで個人的にはにはなんか虫唾(むしず)が走るんですが、そういうの無い感じが良いですね。青年の主張の実態はオトナ達の思惑とその思惑に必死で応え続ける、形骸化した青春像に過ぎない、と言うのが個人的見解。議論もこう、本音で語りあうのは面白いですね。最後で日韓の歴史的問題による軋轢に関する議論が面白かった。敢えてこのテーマに踏み込んだのは良かったですね。韓国ブームが続いていますが、若い人(…俺だって若いやいw)がこういう歴史のレベルで話をするきっかけになっていくのかも知れないです。
議論の後半は、韓国の『日本加害者・韓国被害者』的教育と、日本の『明治時代以降の歴史は無しよ』教育に関する問題に触れていて面白かった。前者は良く知らんのですが、後者についてはああそうだな、と。確かに日本人はそのあたりの歴史を知らないんだよね。だから、多くの日本人の心情には日本と言う国家観における歴史の連続性と言うものがない。なぜ、今の民主主義になったのか。なぜ、今の資本主義になったのか。なぜ、日本と言う国が独立国家として存続するのか。
どこかこんな風に考えてはいないですかね。過去の日本人は、良く分からんけど偉い過ちをして、戦後、アメリーカ様が持ってきたすんばらしい考え方によって今は救われている、と。少なくとも僕は、高校までの歴史教育でそう捕らえました。それって本当ですかね?まぁ、この解釈ではあまりにも短絡的ですよね。もっと明治以降、近代日本のあり方を良く考えても良いんじゃないですかね。当時、日本と言う国家は何を良かれと思って何のためにがんばっていたのか。そしてそのうち何が上手く行って何が反省点なのか。その考察なしには、他国との議論にその土俵にさえ登れないでしょうね。どの国も現代の有様だけで生きて動いているわけではないのですから。
2005年01月 29日
会社の人に大きくバレるの巻
一部知っている人が知っていれば良いや、って感じの blog だったわけですが、先日の呑み会の中、AirH" + VAIO Type U 持ち込んだ人にメールアドレスでこのサイトを検索され、挙句、サイトの内容を読み上げられると言う事態になり








