2004年06月 21日
HTML の本質
有名なサイトですが、今更ご紹介。
HTML は本来、文章の表示属性を司るものではなく、文章の論理構造を司る物なんだなーと。そんなことを勉強したサイトです。例えは以下のように書いた場合について考えてみます。
<h1> H1 の表示 </h1>
もちろん、フォントサイズは大きく表示されるわけですが、本質的にはそういう意味じゃないですよ、と。表示自体はブラウザ実装に委ねられている(と思う)し、そもそもスタイルシートでいかようにも変更できる。本当の意味は「H1の表示」と言う文字列が『セクション1』であることを示すものですよ、と。そういう文章上の論理的構造 --- どこまでがセクションで、どこからが本文で、どこが引用で、と言う具合に --- を作るのが HTML なんだ、これがセマンティックウェブにも通じる最も基本的な考え方なんだ、と。僕はそう理解しています。でも、巷はぜんぜん理解していない、と。
ただね、こういう概念レベルの話ってあまり素人向きではないと思うんですよね。優れた自動化ツールでも登場しない限り、一般人がこのルールに基づいて HTML なり XML なりを記述する日って来ないような気がします。まあ、ただ、そのレベルの人がなんかエラソーに出版するなんっていうのは確かに罪作りかも知れないですが。
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もう一点。ちょっとかっとんだことを言ってみると。こういう概念の標準化って標準を作る人達の言葉を真に受けて良いものなのか、ちょっと疑問があったりします。ポリシーに対して賛同を得られるならばそれでも良いけど、こういう風に賛同を得られ難い現状を見ると、標準化の意義そのものに疑問を持ってしまう。クチが悪いですが W3C の怠慢だと思うんですよ、そのあたりを先導出来ないようだと。書いてあるからそれを読め、我々は正しい、なーんて言うんじゃ、なかなか人はついて行かないんじゃないかなぁ、と。必要性を感じないものに人って動かないものだと思うし。ついぞ10年前までは通用したんだと思うのです。だって元々研究者同士でやりとりして標準化していったものだから。そもそも研究者とかエンジニア以外でインターネットなんて使う人いなかったし。でも、現在は違う。誰もが何かを発信する。その誰もがそのレベルはいろいろだけど HTML を使う。そんな人達に論理構造なんていう難しい言葉で言ったって分かるわけないし、分かろうと思わないのがフツーだと思うんですよね。いや、馬鹿にしているわけでなく、それが普通だと思うんです。
ここには何か作戦を考えるべきなんじゃないでしょうか。論理構造の議論じゃなくて、論理構造を広める作戦の議論。そんなの話している場所ってあるんでしょうかねー。











