2004年05月 16日
学問のしくみ事典
学問のしくみ事典と言う本を読み始めています。買ったのは5年以上前だと思うのですが、ほっといてしまっていましたw 本って読まなくても買っておくことに意外と価値があったりして。いつ読み出すか分かりませんから。本屋で見かけたその時買わないと、間違いなく一生読まないw

作者の素性が不明で結構怪しいのですが、プロローグが興味深かったです。いや、学術肌の人には常識なのかも知れないですが。以下、本書より抜粋。
古代ギリシア人たちに哲学的思索をもたらしたものは、「いろいろな事物から完全に分離している言語世界」にあったと述べている。…(割愛)…つまり、古代ギリシア人たちは、自然を離れた言語世界の中で自立的に思索するようになったのである。この手の論文は高校時代の現代文なりで読んだ記憶があるようなないようなw ちょっと気難しく書いていますが、要は僕らの周りに存在する全て(=自然)と言語を以って形成される論理の世界を分離することが学問のスタート地点ですよ、と。
理系らしく物理学で考えてみると。例えば運動の第1法則と言うものがある。要は、ある物体に一度力が加えられると、その物体は等速に動いて行く、と言うもの。これが別名「慣性の法則」。
これって目で見る限りほんとかな~?って感じですよね。なにしろ、手元にあるタバコの箱を手で押しても等速直線運動してくれない。ある程度動くけど、すぐに止まって机の上で頓挫してしまう。で、それは手で押した力と反対方向に摩擦力がかかっているから止まるんですよ、と説明するのが物理学。
ここで、自然と論理にわけて考えると。論理の世界では『等速に動く』と言う状態が純粋な状態で、摩擦がノイズなんだ、と言うことになる。つまり、目で見たままの自然は事象の本質ではない、力の分だけ等速に動くと考えるのが本質なんだ、と言うこと。こんな風に自然の本質を論理で詰めていくと人間が月に行っちゃったりするわけですな。
よく言われることかも知れないのですが、これって難しい考え方だな、と思う。文章そのものと生活の中にある実在は違うもので且つ、同じもの。どこからどこまでが実在でどこからどこまでが論理なんだろう?と。理系の場合、それは『実験』と言う手法で正論化するわけだけど、例えば哲学、例えば経済学で証明するのってエライ努力が必要な感じがする。そもそも論理だけの虚空を作ってやしないか?論理的、と言う言葉はなんだか確実性を内包しているように聞こえる言葉だけど、それだって言葉の世界だけで成り立っているような??
…とか考え始めると眠れなくなるだけなのであったw (よってこの話題に結論はありませんw)
パークハイアット東京 | ジランドール
日本1、2を争う結婚式場として名高いホテル、パークハイアット東京のジランドールと言うお店に行ってきました。
昼食だったのですが、ここはなんと言っても41階から見下ろす新宿界隈の景色が最高。お金持ちそーな家族とか、年齢不釣合いなカップル(おぃ)がおりましたw お店の雰囲気は意外と肩肘はらない感じです。従業員の接客態度がとても良いからでしょう。味については言うに及ばず。さすがは式場ですね。












