しがないエンジニアは野心の一つも持ちたいものだな、と思った
いや、それにしたってセンスないページだなぁ。自分が思い描いているイメージとは随分程遠い(笑)んですが。
このページを書いている者は、メーカーでソフトウェアのエンジニアをやってます。ソフトウェアのエンジニアには、結構(?!)ありがちなことなのですが、ずーっと昔、漫画家を目指したことがあるんですよ。これでも。みんなで見せあいっこしたりね。初恋の人も偉い漫画の上手い娘だったっけ。振られたっけな〜。高校時代の苦い思い出だなあ。
あ、こりゃ失礼。どうでも良いですね。
めくるめくイメージの世界を強く信じていたものです、当時は。なぜか、自分には才能があるという、訳のわからない自信とともに。当時、宮崎駿とかが流行り始めたころで。ああいうものが僕には描ける、と強く信じていました。
でも、僕には、どうしてもああいうものは描けなかった。一つは固執とか、忍耐とかがなかったんだろうな。なぜ、それらが必要なのかって言うと、そこには技術が必要だからだ、と思うわけなんですよ。
そして、多くのイメージが、技術の壁を越えられずに、散っていくことに気が付いたんですよ。それは、才能とか、センスとか言われているもの以上に、高い壁なのではないか、と。
本当に才能がないかなんて、誰にもわかんないぞ?
この仮定が正しいならば、センスだ、才能だ、なんて言う話は多くの人は到達できないで埋もれてしまう。
ハードウェアの進歩は、表現者の幅を随分増やしたんだと思うのだけど、それはより高い次元での表現を要求するだけで、結局、多くの人はそれによって、偉大なる例の壁を超えられないんだよね。むしろ、勉強することが増えるばっかりで。
恥ずかしい話、俺 Adobe(R) の PhotoShop(R) なんて使えないぞ。FrameMaker(R) なんて使えないぞ。Word が限界。いいトコ Paint Shop Pro。でも LaTeX は使えちゃったりするんだけどさ(笑)
でも、表現の本質って、ツールを使えることなのかなあ?そういう技術と、センスだ、アイディアだって言うところ、切り離したいんだけど。
そういうのって、映画監督とかだと、表現技術ではなくっていかに役者さんを揃えられる政治力を持つか、人を惹きつける人望を持つか、統率力があるか、みたいなものに置き換わるような気がするんだな。
だから、常に表現者は、表現者である以前に持たなければならない、高い壁があるんじゃないかって。
表現は常に技術と共にあるんじゃん?
これからはブロードバンドの時代、パーソナル・ブロードキャスティングだ、コンテンツだ、ビジネスモデルだ、と並べ立てられてはいるのだけど、朝まで生TVのインターネット討論とかでさ、WEB と BBS と Mailling List をインターネットだ、って決め付けて議論しているのを見ると、絶対違うよ、って思うんだよね。
BBS とか、ああいう形態自体を変える勢いがないと、新しいものなんて、作れないだろうな、って。で、多くの人のアイディアは、技術が分からないから、例によって散っていってしまうんじゃないか。
エンジニアがアイディアマンなら良いけど、そういうことって、ほとんどないと思うんですよ。僕は技術を持っている。プログラムを書ける。インターネット技術のトレンドも知っている。それらをこのページで提案したらどうだろう?情報を集注させたら、どうだろう?
そして、できたら、「こんなん面白いぜ」ってアイディアが聞けるような、そんなコミュニティが作れたら、それって凄いんじゃないか、って。多くの人の眠っているアイディアが、実現できるんじゃないか、って。
そんな思いを、野心的に、路傍の石が如くひっそりと、今日世界に向けて発信を開始です。
2000/11/04 高輪の某社員寮にて
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ぐっちー。
age->29,sex->male,live in->tokyo shinagawa
work->softwere engineer,hobby->snowboard

な〜〜〜んって旧サイトの時代書いていたんですが、2001/10/17 現在、僕の気持は少しずつ変わってきていて、インターネット上での活動も少々様変わりしている昨今です。ま、ぼちぼちがんばって行きましょう(^^ゞ