インディーズレーベルってご存知ですよね。いわゆる商業目的のメジャーではないところで、自主制作的なCDを作成・発表し続ける音楽活動家たちのことです。(2001/1/?)
今日新しいPCを購入したので、なんでも良いからとにかく新しいことをやってみたくて(笑)
Winampと言うMP3プレイヤーをダウンロードしてきました。
MP3と言うのは、なんでもMPEGと言う動画圧縮技術の
Audio の部分の俗称なんだそうです。
まず、MP3のお話をしていく前に、デジタル、と言うことをおさらいしてみましょう。
アナログ、とかデジタル、とか言った場合、こういうイメージを持つと良いと思います。
糸電話とモールス信号(^。^;)
音って言うのは空気を伝わる振動を、鼓膜が感じ取るから
「聞こえる」わけですよね。
それが遠くなってしまうと、空気では限界があって、伝わらなくなります。
糸電話の場合、振動の伝播を糸が肩代わりしているわけです。
言葉の振動を糸を通して、伝わっていく。空気よりはマシな伝播がなされるわけです。
ですが、「マシ」なだけで、せいぜい50mも超えたら(多分)聞こえなくなっちゃいます。
対して、モールス信号。
こっちはツーとトンしかない。
「電気が入る」と「電気が入ってない」の二つしかない。
その代わり、電気の流れなので、遠くても伝播できる、と言うわけですね。
2つしかないモールス信号ですけど、
いや、実は私、全く知らないんですけど、
たとえば、このようにすれば、会話らしいこともできるじゃないですか。
ツートンツーツー→「あ」
トントンツーツー→「い」 …
要はツートンの組み合わせと、ひらがなを対応させていけば、
電話と同じだけの情報も伝えられる筈だ、と。
しかも、遠くても伝播できますし。
同じ要領で、音楽でも、
ツートンツーツー→「ド」
トントンツーツー→「レ」 …
って、音階に割り当てたら、音楽だって送れそうです。
ツートンのメリットは、遠くても送れるし、割り当ての対応表さえしっかりしていれば、
質が劣化しないところです。
「コンサートの音楽」→(1)→「デジタル(ツートン)」
→Audio CD→「デジタル(ツートン)」→CD Player(対応表)→(2)→みなさんの耳
大分脚色してますが、これがAudioCDと言う音楽保存の原理です。
(1)をエンコード、(2)をデコードと言うわけですな。
ツートンはコピーで劣化しないので、エンコードとデコードさえしっかりしていれば、
相当メリットのあるやり方なわけです。
で、ツートンはパソコンは偉いお得意。
何しろ、ハードディスクに入っているもの全てがこの「ツートン」なんですから。
だから、極端な話、Audio CDに入っているこのデジタルデータを
ぽんとハードディスクにコピーできますし、
他の人に渡すことだってできるわけです。
この状況が、今問題になっている音楽著作権の問題に繋がっていくわけです。
ただし、Audio CD 一枚は550MByte、
1Byteは、ツートン(0と1)が8個入り、M(メガ)は
1024*1024 Byte で、それはそれは膨大です。
ダウンロードで50MBって言われるとげんなりしますよね。
それを「圧縮」するのが、「MP3」と言う方法なわけです。
これによって、デジタル音楽データはずいぶん気軽にパソコンからパソコンへと
渡っていくことができるようになってしまったのです。
商業目的で考えた場合、これは音楽にとって危機的状況ですよね。
なにしろ、お金払わずに音楽を取ってこれるんですから。
アナログ方式だったテープと違って劣化もしませんもん。
パソコンとネットワークがもたらした、このデジタル化による弊害はもともと音楽に留まらず、どこにでもあります。
たとえば、本を考えてみましょう。
本は文字の羅列ですから、こんなものはパソコン上で扱うテキストなりにして、
HPにでもアップロードしてしまえば、
別段、本を買う理由もなくなってしまいます。
コピーと言う方法があったのですが、
コピーはお金がかかるため、その点では大きく問題にはならなかったわけです。
それでも、図書館で部分コピーをするのが著作権で問題になった時期がありましたよね。
これが一冊まるごとになっちゃうわけですから、オオゴトなんですよ。
芸術の世界だと、この「本物」と「偽物」の議論があるみたいです。
たとえば、「ダリ」の絵、キャンバスにダリが書いたものであれば、一億をくだらないでしょう。
対して、その絵が載った本は5000円も出せば買えるでしょう。
その2つについて、その絵そのものの芸術的価値に差があるか?
と、そういう議論です。
僕らは絵の内容を見て感動するのであって、
その物体そのものを見て感動するのではないだろう、と。
それでも、絵の時は本と実物ではやっぱり違います。
実物には作家の息吹と言うか、そういうものがあります。
それに、芸術家の活動はキャンバスに留まっていません。
オブジェであることもあるし、インスタレーションであることもあります。
だから、絵画のような芸術はもともと、商業的意図が音楽よりも薄いのです。
いっぱい作って儲けよう、と言う発想がない。
わかる人だけ見にくれば良い、と言う開き直りがあるんじゃないでしょうか。
対して、音楽はどうか、と言うと、
音楽は相当に大衆的だろう、と思うんです。
それだってモノによる、と言うことはあるでしょうが、
だからこそ、商業として、Audio CDの流通があったのです。
いっぱい作って、聞いた人の数だけお金を取る。
それだけ大勢の人が音楽を欲しがっている。
いわゆる絵画に比べれば、相当に薄利多売。
そういうマーケットができていたわけです。
僕の個人的な感想は、
キャンバスも本に載ってる絵も、「芸術」と言う観点からは、
両方とも本物。
然るに、コンサートもAudio CDも両方本物。
であれば、Audio CDも MP3も両方本物。
なぜ、音楽だけ著作権が問題視されるのか。
それはマーケットの違いである、と。
そんな風に感じています。
もともとこういった商業ベースに乗ることを嫌っていたインディーズ・レーベルの音楽家にとって
みれば、MP3はむしろ歓迎されるべきことなんでしょうね。
商業として、儲かることが芸術の本質ではない、と言う
そういうところが、あるのではないでしょうか。
僕が、個人的に、そういう考え方を好きなだけなんですが、
このMP3を使ってのインディズの活動を見かけてしまい、
僕は感動してしまったのですよ!!!(またかよ)。
例えば、こんなサイト。
ほんとのこと言うとですね、
単にWinampを試したくて、MP3でFTP検索かけたんですよ。
したら、たまたま引っかかった、とそれだけなんです。
このインディズサイトのランキングトップにいた、
ミキコさんと言う方の「何もできない」と言う曲、
僕はこの曲を生まれて始めてのMP3ダウンロードであったことを
凄く幸いに思います。
次回、その2としてもうちょっと語らせていただきますです。はい。